病気でHappy

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ばあさんになって良かったと思ったこと

ついこの間までは、ですねえ。

電車で優先席に座ると罪悪感を感じていた。

電車で座っていて、お年寄りの方が乗って来られた時に席を譲ろうかどうしようか、ものすごく葛藤していた。

人気のないところを歩いていて、男性が近くを歩いていたら、すごく用心していた。

なのに、いつの間にやら。

 

ばあさんになったんです。

 

白髪交じりの頭。

しわだらけの顔。

しみの目立つ顔。

ばあさんになって良かったことは、結構いっぱいあります。

意外にも。

 

一つは、誕生日に「長生きしたことを感謝しよう」と思い、自分の年齢が全く恥ずかしくなくなったことです。

自分の年齢を言おうとしない人って結構いるけど、その心理がまったくわからなくなりました。

女性に年齢を聞くのは失礼って言うけど、それってなぜですか?

たぶん、若いほうが価値があるからなんじゃないでしょうかね。自分自身にそういう価値観があるから、言いたくない人が多いのかな?

年齢もプライバシーのうちの一つ、という考え方もありますから、何とも言えませんが、とにかく「自分年とった」という落ち込みはなくなりました。

友人の中でぽつぽつ亡くなるケースがあるからかもしれません。

年を重ねる際には「長生きできて感謝」という域に達しました。

ワタクシは、なんなら、今はむしろ自分から年齢を伝えたいです。

 

次には、まあ、さっきも書きましたけど、疲れると優先席に座ることもあります。

で、その時に罪悪感が全くなくなりました。

時折、電車で立っていると席を譲られることもあります。

がんばって立とうとはしていますし、譲られなかったからといって悲しくなったり腹が立ったりすることはありません。

だけども疲れ果てている時にはとってもありがたいです。



もう一つは「いろんな方に安心していただける存在になったかな」ということ。

朝早くとか、人気の少ない道を歩くことがあります。

で、そこで外国人の女性、それも若い女性とか、あるいは女性ランナーとか、老夫婦とかが同じように歩いていたりすると、「私のようなばあさんが歩くこの道は大丈夫だと少しは安心感を持ってもらえるかな」と考えたりします。

そう、今やワタクシ自身が「街の安心度のバロメーター」かなと思うのです。

まだあります。

助けを求めやすくなりました。

ちょっと前まで手が痛くてペットボトルの蓋を開けたりするのがしんどかったんです。

お店の方にも通りすがりの方にも「すみません。ちょっと手に問題があって」と何度も助けてもらいました。

 

「長幼の序」を重んじる社会に生きていますから、世の中から「なんとなく大切にされてる」感はあります。

「あのばあさん、大丈夫かな?」と、思われてる可能性も低くはありませんけど。

( ̄▽ ̄)

 

まあ、そんなこんなで、ばあさんになって良かったことは結構いっぱいあります。

仔羊おばさん